yachimata

竣工年 2009
所在地 東京都文京区
主要用途 住宅インテリア
延床面積 107.34m2


LDK
築40年の高層マンションの一画、LDK住戸のリノベーションである。100㎡強のL型平面で、都心を一望に見下ろせる恵まれた環境にある。一方内部はRCの太い柱・梁が空間を圧倒的に支配している。さらに、個室を隔てる2枚のRC壁と今は使われていないコンクリートダクトが鎮座していて、これらは管理規約で撤去できないと決められていた。となると既存のLDK形式を劇的に変えるのは難しい。
施主は多くの私物を持っており、収納のための壁が相当量必要になると予想されたので、今回はワンルーム的解決法よりむしろLDKの方が有効である。ワンルーム化についてはすでに試し尽くされた感がある。ここではLDKをもう一度救い上げ、その中に新たな面白さを提案できないか考えてみた。

長い納戸
マンションの構造上、この規模のLDKには自然光による明暗の差が必然的に生まれ、廊下は日の当らない場所をあてがわれる。その上居室を最大限に広げるために、面積も切り詰められるのが常である。しかし今回は夫婦二人ですべての場所を使うので、プライバシーはさほど厳密ではなく、個室+廊下形式の必要性は薄い。そこで「廊下は引き伸ばされた部屋である」と解釈し直した。暗くて物を置ける部屋、つまり納戸である。近代の産物である明るいグリットフレームの中に、前近代の遺物とも言える暗い納戸が、変形しながら長く延びていく構成である。具体的には、LDKなどの諸室ではRCスラブと梁をあらわし、そのグリッド空間の焦点として家具を配置する。対照的に「長い納戸」では、躯体はすべて仕上げに隠され、形も不定形で見通しが効かない。明るい近代の間(ま)にたどり着くには、まずこの暗い遺物をくぐり抜けなければならない。

スケールと見えにくさ
「長い納戸」を他の空間と異化するために、2つのことを試みた。
一つはスケールの小ささ。それは「空間ボリュームの小ささ」だけでなく、「連想する物の肌理(きめ)の小ささ」も意味する。例えば日本の古い民家の納戸は、壁・床・建具が同じ素材(木板)であることが多いので、まるで大きな家具の中に居るように感じられる。また納戸は寝室でもあるから、布団を敷いたり、古くはワラを敷き詰めたりした。そういった家具の肌理細かさ・布やワラの柔らかさを連想することから、構造体とは異質なスケールを感じ取る力を私達の身体は持っている。触感のある織物クロス、米松の壁に嵌め込まれた木扉、透かし彫りの施された建具などは、この感覚を引き起こすべく「長い納戸」の中に配されている。
二つ目は見えにくさである。それは主に「暗さ」と「長さ」による。「暗さ」は具体的な物の輪郭を不明瞭にし物質化する。闇に沈んだ黒紫色の壁、切り取られた障子の光、ぼんやり浮かぶ唐草柄など、本来は見慣れているはずの物に何度も目を凝らす。また「長さ」は分岐と重なりを繰り返す折れ曲がった長い道のりのこと。見通せない次の場所を予測し、選択し、その度に物と一対一で向き合う局面を強いられる空間体験である。

2つの時間
スケールの小ささも見えにくさも、共に身体にプレッシャーを与えるという意味で同じである。かすかなプレッシャーの繰り返しが、日常的な動きや感覚に確実にブレーキを掛ける。つまり「長い納戸」とそれ以外の場所では、別の時間の流れを持つことになる。
ワンルーム化は住み手に自由と開放感を与える反面、ある種の均質さを生み出してきた。どんなに空間を変形し、床レベルを複雑に構成し、色んな仕上げを駆使しても、その均質感は免れない。
すまいの中に2つの時間を内包することが、日々の暮らしに多様性をもたらす。LDKにはそんな可能性がまだまだ秘められている。